札幌地方裁判所 平成3年(わ)794号 判決 1992年3月11日
主文
被告人を懲役二年に処する。
未決勾留日数中六〇日を刑に算入する。
訴訟費用は、被告人に負担させる。
理由
(犯罪事実)
被告人は、A(当時一七歳)が、Sらから強姦された上、普通乗用自動車に乗せられたまま札幌市白石区<番地略>付近道路上まで連れて来られ、極度に畏怖して抵抗できない状態になっていることに乗じ、Kと共謀の上、平成三年八月二三日午前一時三〇分ころ、同所に駐車中の同車内で、被告人、Kの順に同女を姦淫した。
(証拠)<省略>
(補足説明)
本件では、被害者がSらに強姦されていて、被告人が被害者を姦淫した当時、同女が抵抗できない状態にあったことは争いがない。
弁護人は、被告人は姦淫着手時に、被害者が抵抗できない状態にあったことを認識していなかった旨主張し、被告人も公判廷でこれに沿う供述をしている。他方、検察官は、犯行当時、被告人には右の認識があった旨主張し、被告人の捜査段階の供述調書はこれに沿う内容である。したがって、本件の争点は、犯行当時、被害者が抵抗できない状態にあったことを被告人が認識していたか否かである。
一 弁護人は、犯行当時、被告人は、被害者がSらに強姦された事実を聞かされたことはなく、また、その事実を知りうる状況になかった旨主張する。
1 確かに、弁護人主張のとおり、被告人は、犯行当時、Sらが既に被害者を強姦していたことを、他の者から明示的に聞いてはいなかったと認められる。
2 しかし、犯行当時の被告人を取り巻く状況からすると、被告人は被害者がSらに強姦されて抵抗できない状態にあることを容易に認識できる状況にあったことが認められる。
すなわち、関係各証拠によれば、被告人が姦淫に着手するまでに認識していた客観的状況として少なくとも次の事実が認められる。
(一) 被告人と共犯者Kは、本件犯行の前夜、N、Tとともに、車で札幌へ遊びに行き、南郷通り付近でKの少年院時代の友人であるSらと落ち合った。Kは、被告人にSらの車(クラウン)についてくるように伝え、クラウンに乗り込んだ。クラウンに先導された被告人らの乗った車は、午前一時過ぎに、本件現場に着いた。そこは、高速道路の高架下であり、回りは草むらで、人や車も通らず、近くに人家や街灯のない暗い場所であった。すぐにKとSが、車から降りて来て、被告人に「女いるけどどうする。」「麻生からパクってきたんだ。」「この女すぐできるけどやらないかい。」などと誘いかけ、被告人が断ると、今度は、N、Tに「おまえらはどうする。」と言った。Nらが拒むと、再び、被告人に対し、「顔だけでも見てみればいいっしょ。」「大丈夫だから。」などと勧めた。そこで、被告人が、クラウンへ行くと、助手席にGがおり、後部座席に被害者Aが座っていた。被告人は、着衣に特に乱れた様子のなかったAの横に座り、「なにやってんのよ。」「どっから来たの。」などと声をかけたが、Aは「別に。」などと答えるのみであった。被告人は、それ以上話しかけることはせずに、Aの胸を触ると、Aは「嫌だ。」などと言ったものの、激しい抵抗はしなかった。そこで、被告人は、Aの下着を脱がし、「上に乗れ。」などと命じて、膝の上に股がらせた。Aは「痛いからやめて。」と哀願したが、被告人はそのまま姦淫行為を続けた。その後、KがAを姦淫した。
(二) 以上の事実関係に基づいて検討する。まず、一七歳の若い女性が、本件現場のような人気のない場所に来て、女性一人に対し男性六人という状況の中で、自分の意思で被告人、Kと相次いで二名もの未知の男性と性交することは通常考えられない。また、それまでグループの行動をリードして来たSが、後から来た初対面の被告人、Nらに、「麻生からパクって来た。すぐできる。」などと性交を勧めるということは、既にSは同女を強姦して来たものと疑うのが普通である。
確かに、弁護人も主張するように被害者は強く抵抗していないけれども、本件が真夜中に人気のない暗い場所へ連れて来られてからの出来事であり、本件現場には被告人以外に五人もの男性がいたことなどを考えれば、被害者は抵抗したくてもできない状態にあり、被告人に姦淫されても仕方がないと諦めているものと察することができる上に、被害者の言動はこのような心理状態にあることを十分客観的に表現している。
(三)(1) 次に、被告人自身の行動を見ると、KやSに勧められ一旦は断っている上、クラウンに乗り込んだ後も、「何しているの。」「どっから来たの。」などと話し掛け、体に触ってみるなど被害者の反応を試すような行動を取っている。その結果、被害者があまり抵抗しないのを見て、自分の膝の上に乗るよう指示し強引に姦淫を始めている。このように、徐々に大胆になっていく被告人の行動は、Kらに勧められた当初は被害者のことを無理矢理に連れて来られた女性ではないかと疑いを抱き、それが次第に確信に至り、姦淫を始めたことを推認させる。
(2) 被告人は、公判で、Kらの勧めを一旦断ったことについて、今まで他の人のいるところで性交したことがないので恥ずかしかったというのが一番大きな理由であり、その他にも自分に彼女がいるので悪いと思ったからであるとか、数人の男性が一人の女性を誘って性交するということは、話には聞いたことがあったが経験したことがなかったので、何となく変だと思ったからであると述べている(三回公判速記録二八頁以下)。しかし、この点に関する被告人の供述は捜査段階から変遷している上に、恥ずかしかったという点も、クラウンの車窓にはスモークがかかっており車内の様子は外から分からないようになっていたという被告人自身の供述(三回公判速記録一九頁、<書証番号略>)や、その後の被告人の姦淫行為の態様などに照らすと、信用することができない。
また、被告人の公判供述には、被害者を口説こうと思ったと弁解している部分があるが(四回公判速記録二三頁)、被告人は被害者の同意を求めておらず、しかも何ら同意する意思を示さないうちに強引に性交を開始しているのであって、これも信用することができない。
したがって、これら被告人の公判供述は、(1)の推認を妨げるものではない。
(四) なお、弁護人は、性交の途中で、Kが被害者のバッグを取って行った際には、被害者は性交を開始する時とは全く異なる強い調子で怒り、一方、被告人が被害者の「かばん持ってきてや。」という言葉にすぐに応じて性交を中止してバッグを取りに車外へ出ていることからしても、被告人が被害者の抗拒不能の状態を認識していなかったことが肯定されると主張する。しかし、被告人はバッグを取られた際には被害者がとりわけ強く返還を求めてきたので、とりあえずバッグを取り返して、また性交を続けようと思ったにすぎないと考えれば、被告人の行動は抗拒不能状態の認識と何ら相容れないものではない(被告人の捜査段階における供述(<書証番号略>)もこれを裏付けている。)。したがって、被告人が右のように行動したことから、直ちに、被告人が被害者の抗拒不能の状態を認識していなかった根拠とすることはできず、弁護人の主張は採用することができない。
二 被告人の自白
さらに、被告人は、捜査段階において、被害者が抵抗できない状態にあることを認識していた旨自白している。
弁護人は、被告人の自白調書は、被告人が本件当時被害者の置かれた状況を深く考えていなかった上に、取調時にも被害者の抗拒不能状態の認識という点について関心も記憶も希薄であったため、取調官の理詰めの説得により、作成されたものであり、信用性がないと主張する。
そこで、被告人の自白の信用性について検討すると、被告人が犯行を開始するまでの自白の内容は概ね次のとおりである。被告人は、Kらに被害者との性交を勧められた際、何かやばいなと感じ、もしかしたら無理矢理車に乗せて強姦した後自分たちに回してきた女性ではないかと思って一旦は断った。しかし、さらに勧められて被告人は女性の様子を見てみようと気が変わり、クラウンに乗り込んで被害者に「何やってんのよ。」などと声を掛けてみると被害者は「別に。」と言って特別な反応を示さず、胸を触ってみてもあまり強く抵抗しなかったので、Sらから強姦されてしまいもう抵抗する気がないなと感じて性交を開始した。
被告人の右の自白は、本件の客観的事情に照らすと当時の被告人の心理状態として実に自然である上、自白全体を見ても、犯行前後の被告人の行動、心理状態について、被告人と被害者の会話の内容や被告人が姦淫中に被害者のバッグを取って行った際のKの言葉などを含め、具体的、率直に述べたものと認められる。したがって、被告人の自白は、十分に信用できる。
弁護人が被告人の自白に信用性がない理由として主張する点は、そもそも、本件で重要な被害者の抗拒不能状態の認識という点について、被告人が関心がなかったということは不自然であること、被告人が本件当時被害者の反応を確かめるような行動を取っていること、取調時に本件当時の心理状態を客観的事実と併せて具体的に供述していることなどに照らすと、いずれも採用しがたい。
三 結論
以上、本件の客観的状況から被害者の抗拒不能の状態を認識することが容易であったこと、被告人の行動も抗拒不能状態の認識を推認させること、捜査段階における被告人の自白が十分信用できることを考えると、被告人は被害者が抗拒不能の状態にあることを認識して姦淫したと認定することができるから、弁護人の主張は採用できない。
(法令の適用)
罰条 刑法六〇条、一七八条、一七七条前段
未決勾留日数の算入 刑法二一条
訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文
(量刑事情)
本件は、被害者が強姦された上、車に閉じ込められたまま連れ回され、抵抗できない状態にあるのに乗じて、被告人が、共犯者と順に輪姦したという犯行態様の悪質な事件である。被害者は、当時まだ一七歳であり、最初の強姦による恐怖が続いているなかで、見ず知らずの被告人らに輪姦されていて、被告人らによる本件被害には全く落ち度がなく、その精神的、肉体的苦痛は大きかったと認められる。犯行動機も、自分の性欲を満たすために過ぎず、酌量する余地はない。その上、被告人は、公判廷で、捜査段階での自白を翻し、不合理な弁解に終始しており、一応反省している旨は述べているものの真摯な反省の態度が見られない。右の事情からすると、被告人の刑事責任には重いものがある。
もっとも、被告人は共犯者やSに誘われた末に本件を犯したもので、偶発的な側面があり、主犯ではないこと、被告人の父親が、被害者の父親に謝罪し、慰謝料として三〇万円を支払って、被害者側と示談が成立している。また、被告人は、まだ二一歳と若年で、一度罰金刑に処せられた以外に前科がない。本件当時、定職を有しており、雇い主も引き続き被告人を雇用すると約束し、父親も被告人を厳しく監督する旨述べている。
しかしながら、このような有利な事情を最大限考慮しても、既に述べた本件事案の悪質さ、被告人の反省状況などからして、被告人を執行猶予にすることは妥当でなく、主文の実刑判決が相当である。
(裁判長裁判官植村立郎 裁判官山崎学 裁判官波多江真史)